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神々の破滅(ラグナロク)が異世界を救う!? 6/11
「一体どうなっていやがる。また魔獣がタルミで暴れてるなんてよ」
乱暴口調になるミルナはニーサに当てつけるように、タルミッタに着くや、思わず舌打ちをかましていた。
王室の議会が終えた数時間前に、魔獣襲来の一報が届いた二人は急遽駆けつけていたのである。
討伐して一週間も経たずしての魔獣再来は前代未聞であったし、群れでの出現ともあって、駆けつけた頃には、村の中心にある広場を闊歩する姿が見える。
「しかも何匹も一斉になんて、防ぎようがないじゃないか」
「------一ついえるのは、完全な油断でしたわ。
魔獣を討伐した区域では、短くとも数ヶ月は姿を見せなかったのだから------。------それとミルナ」
「どうした?」
「わたし、修道院に向かってみる」
広場の魔獣を駆逐するより、個人的な感情を優先する意味だった。
「勝手なのはわかっているけど、心配で------」
ミルナ一人で当たって欲しいとは言えずにいた。一方のミルナは、魔獣たちをちらと見やる。
「わかった、いいよ。だけどニーサ一人じゃ恐いから、わたしもついてく。
個別の行動になると、狙われたとき不利になるからね。ただ、他にも------」
「どうしたの?」
「いや、あいつらさっきからさ、ほっつき回ってるだけで暴れる様子がないんだ。前には人を襲っていたんだろうけど------。
広場辺りで襲われた人は、あの感じだとかなり前にやられたんだと思う。------とにかく、この隙に急ごう!」
いうなり二人は、すぐさま修道院に駆けつけた。戸は木板で頑丈に封鎖されており、ミルナが大声で叫ぶ。
「わたしはドルイド教会の者だ。すまないが、開けてくれないか」
いってしばらくたつと、塞がっている戸のすき間から、二人を除き見る目があった。かと思うと、中で重しをどかす音が聞こえてくる。
封鎖してある木板をどかすエランドが垣間見れた。
「よかった、無事だったのね」
「はい。他にも神官様や逃げてきた村人も沢山つめかけてます」
「外の防壁にしてるあれは、そのためか」
ミルナがいうなり、エランドが複雑そうな顔つきになる。
「突貫工事だったのでないよりましな程度ですが。ただ不思議なことに、魔獣はこちらに攻めてくる気配がないんです」
「そういえば、広場での魔獣は暴れてるわけではなかったけど、どうしたんだ?」
「さっぱりわからないのです。わたくしとしては、このままでいてくれたら人命を失うこともありませんしいいのですが------」
「大丈夫です、わたしたちが魔獣を倒して見せますから。だけど、エランドの気持ちもわかります」
「ありがとうございます------ではいかれるのですね?」
「もとい、そのつもりだよ。いつ人を襲いだすかもわからないし」
そういうと、エランドは祈らせてくださいと告げ、両手の指を絡ませた。二人はエランドが祈りを終えてから、一揖し広場へと向かう。
広場についたとき、魔獣は見当たらなかった。けれどミルナは、術の構えを取りつつ、辺りを見回した。
石畳の広場にはばくち打ちの姿はなく、変わりに食べ残された脚や腕、そして黒ずんだ血が斑点のように浮かんでいる。存在するは、頭上に亡霊のように聳える声なき鐘を秘めた鐘楼だけであった。
「おかしなことが次々に起こるな」
そう呟くミルナは、ざっと音を立てながら広場の中央に一歩を踏み出す。そのとき崩れかけの家壁の影がうごめいた。
二匹の魔獣が計ったかのように出てくるや、迫り来る波涛(はとう)のように襲い掛かってきたのだ。不意を突かれたかに見えたが、二人は冷静に対処した。
ミルナは「烈風の神刃(エアスラッシュ)」で魔獣の頭を胴体から寸断したかと思えば、ニーサは「銀水の小剣(シルブパウフルーレ)」を発動させ、飛びかかっていた魔獣の腹を綺麗に裂く。
変幻自在に伸びる「銀水の小剣(シルブパウフルーレ)」は、まるで撓(しな)る鞭のようにも見えた。と、ミルナは感嘆の言葉を漏らす。
「へえ~、いつの間にそんな術を身につけたんだ?」
「つい最近なってから------皆さんが頑張っているのにわたしだけ後方にいたんでは申し訳ないと思って」
俯き(うつむき)加減のニーサの長い髪は、ふとした風に嫋嫋(じょうじょう)と揺られる。
「命すら危険に晒している方々に頼りっぱなしではいけないから。------あ、ミルナは今のわたし、迷惑だった?」
「まさか、なかなか良かったよ。ただそうなると、この風術の見せ所が少なくなるのが残念だけどね」
ミルナの冗談に、ニーサはくすっと微笑んだ。ただすぐに、辛辣そうにしつつ哀しそうな顔つきに変わる。
「もし------もしイルクナーがいれば、もしかしたらタルミの人は命をなくさずに済んだのでしょうか?」
まるで自分に問いかけているようでもあった。
「そう------かもな。だけど、感傷に浸る時間は後回しになりそうだぜ?」
言うが、辺りは荒らされた建物群が吹きすさんでいるだけだった。が、幾許かすると家々の戸口から物色し終わった魔獣が、のっそりと顔を出してきた。
口元は生々しく血糊が付いている。
咆哮する魔獣さえいた。と、その行為が、厄介なことになる。
遠くの家を襲っていた獣までも誘き寄せてしまったのだ。暴れ足りぬといった魔獣達が、雷電のような走りを見せ集まってくるや、四方八方に陣取り逃げ場を失くさせていた。
まるで統率のとれた斥候部隊のような動きにすら見えた。だがミルナは、怯む様子を見せない。
「ふん、上等!」
すべてを一蹴するような構えを見せた。が、次の瞬間、目の当たりにしたものに驚き、金縛りにあったかのようにたじろいでしまう。
「魔獣の中に人だと?」
見ると、群れの奥から病的なまでに顔が白く、沈んだような瞳した青年が、まるで風景から抜け出てきたかのように姿を現したのだ。刹那、もう二人、似たような青年も姿を見せる。
「どうなってる?」
「魔獣と人が一緒にいるなんて考えられません------」
ニーサはそう言いながら、警戒の色を弱めず{銀水の小剣(シルブパウフルーレ)}を発動しようとした。けれどミルナの驚愕の声と共に消失し、愕然とした。
「そんな------なんでカジール司祭様がそこに------」
今から一ヶ月ほど前――カジールはとある鍾乳洞に出向いていた。
鍾乳洞には遺跡物が残されている場合があり、それ目当てでカジールは暇になるたびに巡る旅に出るのだ。ただし、いつも発見するとも限らなく、また空振りに終わることもしばしばある。
洞の中を三日間調べた後、痕跡どころか珍しい鉱石すら発見に至らないこともあった。仮に発見できたとしても、遺跡物自体に大きな価値がないものが多かったりする。
大昔に使っていた生活道具や貯蔵品などである。それでも、どこかに魔法に関する財があるのではと胸を躍らすのであった。
「やれやれ、今回は欠片でもいいから見つかってくれないものか------」
そう呟きながら、入口を溜息混じりに見渡す。
天に拝むよう手と手を合わせたりもした。
ここまでの道のりがそうさせてもいたのだ。目の前の鍾乳洞は、硫黄が吹き出る山間の中腹にあり、煙で視界が遮られる先にあった。そこまで獣道より上り詰め、また中途から岩肌が目立つや、切り立った岩の影が幾つも点在して、どこがその穴なのか何度も惑わされていた。
通常、人には見つかりにくい場所であったのだ。ただ何日か前の地震により、土砂が崩れ道なき道を発見できたために探索が可能になったのだが。
「この辺りは人が入りにくい地形でもあるからな。まあ、だから誰にも見つかっておらん可能性が高いわけだが」
そう独り言をいいながら、頬をパチンと叩き気合を入れ直した。それから奥を見やるや、松明と火打ち石を手に持つ。
カスタネットを叩くような音を鳴らし、器用に火をつけた。
(さて、どうしたものか)
滴り落ちる水により滑りやすくなっている岩道を慎重に進めば、二股に分かれた道を何度か出くわした。先には実りのない袋小路に当たり、引き返すことを続け、終いには来た道すらぼやける始末。
鉛のように重くなる身体と比例して、諦めの感情も出てきていた。
鍾乳洞に入って一時間近くも経ち、松明の明かりも気になる。それから幾許か進むと、カジールは思わず目を見張った。
「おお!」
先を照らす灯が、前方の広がりを映し出していたのだ。瞳には巨大な空間――天井は岩のつららが剣山のように連なっており、近くでは川の流れる音が聞こえる。
せせらぎのように、染み渡る水音は、癒しの何者でもなかった。川とは反対方向に進むと、巨大な袋小路に差し掛かる。
「一体これは?」
壁には古代文字の羅列がびっしりと刻まれている。だが、驚くべきは他にあった。
何らかの巨大な装置らしきものが、悠然と置かれていたのだ。何の素材でできているのであろうか、ぼんやりと発光する天蓋を地中に刺さされた一本の金属の柱が円の外側から支えている。
そのすぐ横からは、ツクシのように這い出た岩石を、柱と同質の金属が蔓のように巻きついていた。先には種子を抱くかのように光る球体を携えている。
カジールはこれらを一週間も経たないうちに解明した。
日頃より古文書を脳に食い込ませていたために、古語を読解するに易かったのだ。
「いやはや、こりゃ魔道合成機とはひっくり返るわ」
カジールは連れてきた付き人の一人に、目を丸くしながら話しかける。
「最初、遺跡物を探しに行くと言い出したときには何か見つかればとは思いましたが、これはすごい!」
20半ばの歳をした付き人は、凛々しい顔立ちをしていた。他に年齢の同じくらいの男と少年二人ほど同行している。
二人もまた驚きの色をあらわにしていた。そのようにしている付き人たちに、カジールは講義をするかのように話し出す。
「つまりはこういうことだ。この魔道合成機は冥府から眷属への贈り物――そう、ラグナロク時代の遺産のようだ。
神と冥府の戦いのときのものだ。ただし用途は単純。
異なる生物を合成し、合成生物を生み出す装置なるもの。
要は有益な魔獣を創り出すがためのものだな。だがこやつを使う前に世界の趨勢は決まっていたのだそうだ」
「なんとも間抜けな話ですね」
「はは、まさしくな。しかしながら、壁の筆者はそうとは言い切れぬぞ」
「どういう意味です?」
「ふむ、それはな」
カジールは人差し指を上に上げ、語りだした。「どうやら魔道合成機の目的は、単に強力な魔獣を生み出すものではないようだ。無論、それも可能のようだが、本来は人と魔獣を合成し、新生物兵器を作るもののようだ」
皆唖然とし、言葉を失った。カジールは付き人のショックを感じとってはいたが、あえて気に留めずに話しを進める。
「よいか、次が重要だ。そいつは魔獣ほどの強さを持ちながら、人の理性がある化け物になるらしい。
魔獣並みの力を持つ人間が生まれるようだ。だが、仮に人の姿に近しい、あるいはそのままであっても、人間はこれを受け入れないであろうと目算している。
化け物だと理由もあるが、人の知性も加われば魔獣を統率できるとのこと――そのような者は良くて村八分、公算どおりいけば殺し合いになるだろうとな」
「そ、それでは今更わざわざ人が合成する意味はないですかね? あ、もしかして逆に魔獣対策として合成した人を使ってもいいのか------」
おずおずとしながらも、目線をあさっての方向にやり考え込む。
「そうだな。だが話はここでは終わらんのだ。
魔道合成機を残した本当の目的がまだあるのだ。それが神からの呪いの解放」
カジールは腕を組み、目を伏せ気味にする。
「フェンリル狼や一つ目の巨人(サイクロプテクス)が敗れた後、冥府の子である魔獣は神々から永遠に死ねない呪いを受けたようなのだ。その証拠に、交尾を見たことはなかろう? またその子を------あるいは冥府の入口を発見したのか? とも書かれている」
一同はそれぞれに眉に唾を塗った。が、しかしすぐに、カジールの話は事実なのかもといった表情へと変わる。
それだけ謎が多かったのだ。倒しても倒してもどこからか出てくる魔獣への疑問と、急激に増えたり減ったりしない不思議さ。
神話のような説で無理矢理納得していた風になっていた。しかしながら、神からの呪いと聞くと疑いながらも、しっくりもくる。
「あえて言うまでもないかな? 今となっての魔道合成機は、神々からの呪いを解放せんとして、そのために人間に与えんと」
「どういうことでしょう?」
「つまりは神を倒せということか------」
「とんだ贈り物だ」
そういった青年の一人が、参ったといったような態度を見せ付けるように、肩を聳やかしていた。と、もう一人の青年は、好奇心旺盛な目で魔動機を見つめている。
「ああ。ただ試してみる価値はある」
二人は、かつて王国騎士団であったが、今はカジールの下にいる。
各々に事情があったからだ。一人はラウーランといって歳は25、母親が魔獣に殺され仇討つため騎士団に入団したのだが、痩躯であり体力に問題ありと見なされるや、団長であるシダやらから誹謗中傷の嵐がまっていた。
八つ当たりのような暴言に、耐え切れなくなり騎士団を去ったのだ。もう一人は20で名はヌアサ。
彼は腕は確かであったために魔獣討伐に無理難題を押し付けられるようになったのだ。そこに、ルーン文字により強度な武具に変えられるというカジールの下に、流れ着いたのである。
加工した武具であれば騎士団の力なくしても魔獣と戦えるといった淡い希望があったからだ。ただそれだけではない。
二人の共通点は、魔獣の恨みはともかく、騎士団の不信感も含まれていた。
強いて言うならば、騎士団の存在が許されている王国そのものにも向けられている。だからこそ強い力を欲しがっていた。
「むしろ合成しない手はない!」
そうヌアサは息巻いた。カジールは思わず自重を促した。
「まて! もし失敗でもしたらどうする?」
「その危険は承知の上ですよ。それにこれを逃してしまえば、生きていたとしても面白くない。
大した功を上げずに終わるなんて、それだったら------」
「まってよ! だったら僕が先行してやるよ」
ここにいる中で最年少の少年が、鍾乳洞内に響き渡るような声でいった。15になるマクリルは身体が小さく、騎士団はともかく一般の兵士にすらなれないだろうと、同世代の子から馬鹿にされていた。
当然{銀翼の水晶(ラグナロク)}から選ばれもしなかった。だからこそ人一倍、他を圧倒する力を欲していた。
「一番年下だしね。それに司教さんも言ってたじゃないか。
ドルイド教の人間だけが魔法を使え優遇されるのはおかしいって。ならせめて、こいつで挑戦させてよ。
人ではなくなるかもしれないけど、騎士団にもドルイドにも負けない者になるための挑戦ならやってみたい。それに壁に書いてある限りでは上手くいきそうじゃん?」
カジールは困惑していた。ルーン文字を解読し、武具の昇華には成功したが、ドルイドの魔術を出し抜いたまではいっていない。
今ようやく成功に結べそうな魔道具も一つだけとなっていた。なによりも騎士団といい、ドルイドといい、そこから妬みや争いなどが生み出されることにカジールは、誰よりも嫌悪感を抱いてたのだ。
(魔法だの武力だので人の沽券が決まるような王国を放っておいてはいかんのだ-----。だがわしが出来る範囲は限界が来てる。
年もいささか食いすぎた。さすれば------)
「------あいわかった。ただし魔獣を確保する間、気が変わったとて恥じ入ることはないからな」
「そんなことにはならないのは司教さんの方がよくわかっているでしょ。それより、もし僕が心を失っていたらそのときは、よろしく」
カジールはこの言葉が、と胸に刺さった。何かを変えたかったが、何も出来ない自分に罰を与えられるわけでもなく、笑顔で手を振られているようなのが、返って苦しい。
闇の海に葬られたかのように息がつまり、見えてるものが何も見えない感覚になっていた。けれど、無理にでも声を発した。
「そのような心配は杞憂だ。そんな馬鹿げた話より、成功したときのことだけ考えておればよい」
数日後、カジールはドルイドの司祭(見習いも含まれていた)と共に魔獣の確保に成功していた。
自分の開発したルーン文字を施した鋼の縄で、魔獣をきつく縛っている。
手足の爪先までぴくりとも動かせない程だった。その魔獣とマクリルを魔道合成機に並べる。
カジールは、光る球体に手を置き必要な言葉を唱えていた。唱えている終わりごろになるや、二つのつららから稲妻のような閃光が走りだす。
閃光の先がマクリルと魔獣を覆い始めたかと思えば、槍のように突き刺していく。
どちらも悲鳴を上げていた。だがすぐに消えていく。
身体は、雷に直撃したかのように黒くなると、散り散りになる様が確認できた。と、同時に爆発音と煙が回りを飲み込む。
煙で視界は遮られる。が、しばらくするとすべてが止み煙も晴れてきた。
松明の灯りにより、全容がくっきりと見え始め――。
「人を襲ってはいるが、その憎しみの矛先は神に向けられたものよ」
そう切り出すと、カジールは訥々と話しかけてきた。魔獣は永遠の命を携え、それは戒めのための神の呪いであること。
ラウーランたちが魔獣との合成に成功し、更には一定の範囲で魔獣との疎通が可能になったと、偉大な成果のように話していた。聞いたミルナとニーサは、眉を潜める
「だからといって、司祭様が何故そこに立っているのですか?」
ニーサはタルミの村人を襲った魔獣とカジールの因果関係を懸念し、乞うように問いかけていた。
「わしの弟子たちが、魔獣を統率する様を見ていて不自然かね?」
ニーサを嘲るように、鼻で笑う。
「誰だって弟子や子であれば、見守るのが当然だろう。さて、タルミに来たわけだが、一つは魔獣の怒りを解放させてやりたかった。
神の呪いを受けた魔獣を見て、同情せずにはいられなかったぞ。だが、ラウーランの統率で被害を制止してくれたわ」
ニーサとミルナは事実を受け入れがたく、対処の仕様を見失っていた。魔獣と人との合成、神の呪い、そして------。
カジールらが魔獣と結託したかに見える状況に、困惑の色を隠せない。その様子を意に返さず、カジールは口を開く。
「殲滅したように思っているかもしれんが、少なからず逃げおおせた奴も」
と、ミルナが話しの途中で罵声を浴びせた。
「なんの関係もない村人を、守らなくていい理由なんかない!」
「見殺しにしたのは間違いない------わしの罪だ。だが覚悟があってのことよ。
合成はしなかったが、こやつらと同じ人ならざる者の道にいくとな」
カジールは自らの禿頭に、手を置くように撫でた。その様子を身ながらニーサは、冷静さを保ちながら問う。
「これから一体、何をなさるおつもりなのでしょうか?」
「まずは生贄が必要だと考えている------次は騎士団あたりがターゲットになるだろう。はて、二人はもう理解したはずだ。
神を引きずり出せすのだ。だがな、もしそうならなかった場合は、他のやり方を考えるがな」
「全力で阻止する」
ミルナはカジールが言うが早いか、堰き止めるようにいった。
「騎士団の奴らは気に入らないが、そんなことはどうでもいい。
殺されるとわかっていて、黙ってるなんてできない!」
「理解してもらおうなんて思わんが、他にもっともらしい方法がないのは確かなのだ。今は、命がどうのこうのの話ではない。
神が作った根本を取り除かねばならんのだ」
ニーサは、神に祈りやらが聞き届いてくれればと思った。
でもおそらく、流されるだけだろうと理性が伝える。もし神が自分のせいで人の命が失われていると考えていれば、呪いなどとうに消しているだろう。
そうしないのは、人間よりもフェンリル狼や魔獣への罰を重く見なしている何よりの証だ。
「魔獣の解放は賛成すべきでしょう。ですが、カジール司教のやり方ですと、第二の世界崩壊に繋がらないとも限りません」
「そうとも。だからわざわざタルミで、こんな騒ぎを行ったのだよ」
カジールの言葉に二人は、思わず眉を潜める。
「生贄の話をしたが、他にも理由があるのだ。それは、君らを誘い出すためにな。
タルミで事が起これば、ニーサとミルナはすぐに駆けつけれるだろう? そこで私と対峙して選択してもらいたかったのだ。
私たちの同志になるか、自由を奪われるかをな」
「な?」
「ドルイドの者を引きずり込むか拘束すれば、神とて、はて黙っているかな? それでも静観を決めるようであれば、こちらも魔獣の統率に限界がくるだろう。
なにせ怒りを抑えるにも、神の呪いが解けぬと知れたら制御不可能になるかも知れん」
「冗談じゃない、二つとも断る!」
そういったミルナは新たに身構えた。
ニーサもつられるように、術を発動させる。
魔獣たちは二人の殺気に気付き、突撃の格好を見せていた。と、カジールの小さな溜息と同じくして人差し指を上げるや、ラウーランの指図により魔獣は二人に一斉に襲いだした。
人の身長ほどもある尾を、鞭のようなをしならせながら迫ってきた。が、特にミルナは冷静であった。
充分に引き付けながら{烈風の神刃(エアスラッシュ)}で、魔獣を真っ二つにしていく。し止め切れなかった魔獣を後方にいるニーサが討っていった。
二人の連携は四方からくる魔獣でも崩せなかった。が、しかし、すぐさま異変が起こる。
いつの間にか、二人と魔獣の間に入り込んでいたラウーランとヌアサは、何度目かに放った{烈風の神刃(エアスラッシュ)}をナイフのように伸びた爪で軽々とかき消していたのだ。
「なんだと!」
「ふん、こんなものか」
真上から切り込まれる{銀水の小剣(シルブパウフルーレ)}も簡単に弾き飛ばしていた。
「天下のドルイドも噂ほどではないね」
そういいながら、二人との間合いを詰める。そのときミルナはとっさに、ニーサに耳打ちをし作戦を告げた。
「え、でも」
「いいから!」
そうしているうちに、ラウーランらは肉薄していた。
鋭く立てた爪を槍のように突くや、ミルナは転がりながらかわした。と、刹那にミルナは{烈風の神刃(エアスラッシュ)}を放つ。
「またそれか!」
ラウーランとヌアサは術を弾こうとした。けれど自分たちまでは、術が届かない。
地面を突いたのみであった。ただし、砂埃が舞い、視界が一瞬悪くなる。
「もらった!」
ミルナの声より早いか、ニーサは{銀水の小剣(シルブパウフルーレ)}を発動し、彼らに避ける間を与えなかった。
砂埃は幾許かの間に収まると、ミルナは微笑をもらす。
「手ごたえありだな」
見ればラウーランとヌアサの体には、曲がりくねった傷から血が流れていた。
傷跡を手で押さえながら、苦悶の表情を浮かべている。
「不覚。でもね------」
そういうや、信じられないことが起きた。
彼らの傷口がみるみる塞がっていったのである。
「そんな」
ニーサは悲壮な声をあげた。と、このときであった。
暴れ馬のように突進していた魔獣が、ニーサに体当たりをしてきた。一瞬のすきを突かれたニーサは、かわしきれず吹っ飛ばされる。
「ニーサ!」
そう叫び助けようとするが、ラウーランらによって足止めされる。
「くっ」
考えなしに放つ{烈風の神刃(エアスラッシュ)}は、ラウーランの爪により無効化される。そこにヌアサの爪がミルナの背中に深く切り込んだ。
「きゃああ!」
倒れこむミルナの背から、血しぶきが花火のように舞う。
「作戦はよかったが、詰めが甘かったな。俺たちは完全な致命傷を与えなければ、こうして再生できるのだ。
これは魔獣が呪われた------永遠の命の恩恵だよ」
ラウーランは切り裂かれ、再生していった傷口を撫でている。一方ミルナは、ラウーランの言葉をまともに聞ける状態ではなかった。
傷が深いため息は荒く、汗が大量に噴き出していた。その様子を朦朧とした意識で見ていたニーサは、必死に立ち上がろうとする。
打撲と骨折を抱えていたが、ミルナを助けたい一心で這い寄ろうとしていたのだ。が、そこにマクリルの長い爪が、ニーサの首筋にそっと触れた。
「素直に捕まってくれれば、助けてあげられるよ」
ニーサは悔しさを滲ませていたが、ニーサの命には代えられず従うしかなかった。
頷くニーサを前にしたカジールは、伏せ目がちになっていた。
「上手くいけば、真の意味で安寧が訪れる------許してくれ」
(わしは自分の慕う、愛する人のためにかけがいのないものを残したいと思ってきた。だが、わし自身の力を試してみたい欲求も見つけてしまった。
素直に悪と認めようぞ。でなければ、このような暴挙まがいなどに手を染めぬであったろうに)
カジールはふと物思いにふけていた。
ラウーランもカジールと似たように、合成が成功してから幾日が経ったある日を振り返っていた。魔獣を手なずけることに成功していた日のことを------。
「やつらに言葉をかけたら理解しているような------まるで会話すらできてるように思える」
驚嘆を交えながら話すラウーランは、自身の伸びた爪をまじまじと見やる。そこにからかい半分に、ヌアサが食いつく。
「良かったじゃないか。これから俺たち魔獣調教師としてご立派な職業を立ち上げれるな!」
ラウーランの肩をぽんと威勢よく叩いた。ただラウーランは、何の反応も示さない。
「不思議な感覚だ。だが、他に気になることが------」
数時間前、エシュバ周辺の村より魔獣がでたとの報を受け、ドルイドの司祭らを補助する名目で同行した際のこと。ラウーランが魔獣と対峙したときには、原型を留めていない遺体が幾つかころがっていた。さしもの魔獣は、腰を抜かし怯える老人にターゲットを定める。
「やめろ」
ラウーランは思わず叫ぶような声を上げていた。と、魔獣は大人しくなるや、ラウーランをじっと見つめる。
ラウーランの意思を聞き入れ、次なる言葉を待っていたのだ。ラウーランはその様子に気付くと、この場をやり込めるべく、近くに手招く。
人差し指を上げ、こちらにこいといったジェスチャーをしていた。魔獣はその仕草を見ると、のそのそと歩み寄みよるのだが、ラウーランは達成感よりも、転がっている骸に違和感を感じていた。
「以前であれば、死骸を見ただけで嘔吐やおぞましさでいっぱいだったのに、今は違う。人の死に感情があまりもてなくなっている」
ラウーランの考えでは、魔獣とて人を恐れ殺らなければ殺られるわけで、魔獣との合成により、今まで人よりに動いていた感情が変わっただけだと思っていた。けれど、そうではない。
変わったのではなく、まるで感情が永久凍土の中に丸め込まれたかのように、外部からの侵入を許さないというと正しい気がしていた。
「そりゃあお前、化け物になっちまったからだろ? ------いや、半妖っていったらいいのかね」
「半妖か」
「そう、半妖だ。それに人でもなく魔獣でもない俺たちだ、今更、人に感情移入できなくとも不都合はあるのか?」
「むしろ好都合か。ただ------」
いいかけるラウーランは、考え深げな顔つきになった。ヌアサは手で遮る。
「もしかしたらフェンリルに上手く操られているんじゃなかって言いたいんだろ? ふん、そんなの愚かだ。
選択は俺たちにあるわけだし、仮にフェンリルの思惑通りだったとしても、俺たちがいいと思えれば後悔はしないと思うぜ。それよりもさ、わくわくしてこないか?
ドルイドの魔術でなく、新たに凄い力を手に入れたんだから」
「そうだが、これから遊びにいくわけじゃない」
これから死地に向かうかもしれない、そう沈考するラウーランは無意識に厳かになっていた。ラウーランはそのような事を思い出しているとき、物思いから覚めていたカジールが、なんとなくラウーランを見やりながら、一月前の出来事を脳裏に浮かばせつつ、ふと天を見上げていた。
孫娘を思い出していたのだ。生まれてすぐに両親が流行り病で死んでしまい、カジール一人で育ててきたため、愛情は人一倍深かった。
また孫のためになればと鍛錬を施したこともあり、14の歳ながらカジールと同行できるレベルにまで達していた。更には魔獣解放に賛同していて、積極的に手伝っている。
最近では自らの考えで判断できるようになっていた。それでも血生臭い場には連れて来させたくはない。
よりよい世界を残したいが、悲しませたくもないのが本音だった。
(あの子のことはいったん忘れよう------。それよりもだ)
カジールは王都の方角を向き、睨みつけるように見やった。そのとき一陣の風が、走り抜けるように通り過ぎていく。
吹きすさぶ風は冷たく、骨まで染み渡っていた------。