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神々の破滅(ラグナロク)が異世界を救う!? 11/11
残された二人はデジーレの言葉に沿い、ミシャの出方を伺うだけに留め、ひたすら攻撃をかわしていくことに専念する。降り注ぐ無数の光の矢にビアンカは手をかざし、すべてを爆発させ消滅させていく。
ミシャは様子見とばかりに同じような攻撃を繰り返し、ビアンカが防ぐ構図なっていた。と、突然、城の塔にある大鐘が、城下に鳴り響いた。
ごーんといった重厚な音は、城の中でも充分伝わってくる。ミシャは頭上を見上げ、鐘音を不思議そうに聞き入っていた。
二人もまた、一体これはといった感じで立ち止まっていた。それから少しすると、くずれ落ち空いていた壁の回廊側からドリザエムが、王室の間に入ってきた。
ミシャを見るなり、面妖のあまり怪訝そうにしている。ミシャもドリザエムに気付き、やや笑みを浮かべながら攻撃態勢に入ろうとした。
獲物を見つけ、食い物にありつけたかのような危険な顔つきでもあった。だが、今度は王室の扉から、ばたんと大きな音を立て新たに来る者があり、ミシャはそちらを横目で見やる。
ニーサとミルナであった。集まった三人はデジーレが城からでるとき、あらかじめ鐘を合図に申し合わせていたのである。
ドリザエムは去る際に、ニーサとミルナは捕まり応接間に隔離されているところを解放しているときに伝えていた。
縛っていたものを解くとき、ミルナはすぐにでも臨戦態勢を挑もうとしていたが、デジーレが強く拒んでいた。
ここぞというときに来て欲しいと、計算があったからだ。急にでていっても捕まりかねない、やみくもに戦いをふっかけるのは無謀。
ある程度大勢が整えれば、カジールらを挟撃でき勝機も生まれるとの考えで止めていた。他にも要因はある。
鐘は塔にあったが、塔に登る手間を省くため、王室の近くに遠隔操作室が設置されており、時間短縮とともに三人に一斉に知らせるメリットも大きかった。
「一時は捕まっちまったけど、また戻ってきたぜイルクナー」
「すみません、わたしのせいで------もっと強ければこんなことには------。------あの、お怪我はありませんか?」
申し訳なさそうにしてるニーサに、イルクナーは力強く頷く。
「ああ、大丈夫だ。それより二人が無事でよかった」
ミルナとニーサは嬉しさから、顔が思わずほころんだ。そのとき、ミシャの放った光の矢が三人に降り注いでいた。
問答無用で襲い掛かる。だがビアンカが、またしてもすべてを爆発させ打ち消す
「ちょっと、イルクナーに話しかけさせないでよ! 傷でも負ったらどうするつもり?」
「誰、この女?」
「ふん、わたしはね------将来、イルクナーの彼女になるビアンカだよ」
聞いていた三人は、口を開けぽかんとしてしまう。そこにドリザエムが、喝をいれてくる。
「おい、ふざけている場合か。私とて聞きたいことはあるが、まずはあの化け物を倒すことに集中しろ!」
「さっきから思ってたんだけど------」
ミルナはもったいぶりながら続ける。
「あそこを狙えば一発なんじゃない?」
そういって{烈風の神刃(エアスラッシュ)}を発動させたかと思うと、ミシャの上半部分だけに狙いを定め、景気良く放った。
あっけなく命中すると、頭から胴体の上がぱっくりと割れた。
「よっし、いったあ。------ってあれ?」
割れた胴体から再生が始まり、あっという間に元に戻っていった。それならばとミルナは、むきになりながら獣の造りをした下半身めがけて術を放つ。
{烈風の神刃(エアスラッシュ)}は唸りをあげながら、ミシャの前足に直撃した。が、無残にも弾き飛ばされたようにかき消される。
「嘘でしょ? あの皮膚どうなってんの?」
ミシャの表情からは、笑みが消えていた。かと思うと、手のひらから、大人三人分の大きさに相当する白く光る巨大な剣を作り出していた。
「あ、あれは------いかん、あの魔力は次元が違う!」
ドリザエムは感じる魔力の波動が、理解の範疇を超えていたのだ。司祭や司教といった段階を経て身についた魔力とは比べ物にならないと。
「皆を守れ!{氷鉄の魔鎧(フリーズアーマー)}」
氷術でできた兜つきの鎧はミシャよりも大きく、仁王立ちをして立ちふさがった。防御力といえば、魔獣の牙を弾くほど強固なもので、未だかつて打ち破られたことすらない。
どんな攻撃魔法も受け付けないほど、強い魔力が込められているのだ。ミシャは鎧が視界に入っても、臆することなく大剣を一閃する。
剣の軌道は見えないほど速く、光る刃はゴムのように伸びてきたのだ。勢いそのままに{氷鉄の魔鎧(フリーズアーマー)}をも切り砕く。
ガラス玉を破壊するかのように、粉々に砕かれていった-----。だがミシャの一閃の威力は収まらない。
イルクナーたちにまで及ぼうとしていた。しかしながら、イルクナーが立ちはだかった。
刹那に、剣に魔力を帯びさせていたイルクナーは、一刀両断して払いのける。
「わ、私の術が容易く破壊されるとは------。それよりも------」
そう呟きながら、イルクナーに振り向いた。
「お前、いかようにしてあの魔力に対抗できるような力を-----」
「説明はまた------」
二人が話してる隙にビアンカは、ミシャの大剣に光の玉をぶつけていた。剣に当たり爆発はしたが、剣自体はびくともしていない。
「どうやら、奴に通用しそうなのはイルクナーしかおらんか------。我々はサポートに回った方がいいな」
「サポートだけじゃ足りないと思うわ」
ビアンカは泰然としながら、異を唱える。
「どいうことだ?」
「イルクナーはさっきの戦闘で魔力を尽きかけてるから、わたしたちがミシャの攻撃も引き受けないと、きっと苦しくなる。だからあの剣は、わたしたちで------」
「イルクナーは、攻めに集中させるか------。しかし奴の剣を防ぐには、我々の魔力では難しいぞ」
いいながら、ミシャは容赦なく大剣を振ってくる。そのつど、イルクナーが闇を纏ったような剣で払いのける。
「別に完全に防がなくていいのなら------」
ミルナは思いついた考えを、すぐに口にした。
「軌道を変えるだけなら------全員の術で全力でいけば、そらすくらいいけると思う!」
「それ、計算とかできてる?」
「なんとなくだよ。でも他に手立てがない」
「やりましょう!」
ニーサは、決意を決めた顔つきをしながら、手をぎゅっと握り締めていた。
「少しはお役に立ちたいので------。それに逃げては何も始まらないし、駄目になるとも限りません」
「決まりだな。後は、イルクナーが仕留めてくれるから」
ミルナは笑顔でニーサに話しかけた。切り込み隊が決まったイルクナーは、冷静になっている。
「ありがとうみんな。だけど、くれぐれも無理はしないと約束してくれ。いざとなったら逃げてくれて構わない」
「わかったよ。まあ、上手くいくから心配ないけど」
ミルナは小気味良く答える。と、ミシャが白く光る大剣を作り出していた。
皆殺しにできるよう、全員を射程におくように見定める。
「いけ!」
ミルナは、吐き捨てるようにいった。イルクナーが意を決してミシャの間合いまで詰めると同じタイミングで、ミシャが剣を振るった。
光の刃は弧を描くようにして、ミルナたちを捉え、最後に手前にいるイルクナーに向けて放っていた。その一歩手前で、ドリザエムが{氷鉄の魔鎧(フリーズアーマー)}を唱えているとき、ニーサも術を使い援護する形を取っていた。
「{渦水の護衣(アシュアーツエミュー)}」
光の刃の軌道上に立つ氷の鎧を、渦上に巻く水が保護するように包み込ませ、より防御力を上がらせていた。それでもミシャの刃を防げなかった。
渦巻く水もろとも破壊され、一閃がドリザエムたちに届こうとしていた。そのとき、ミルナがすっと立ちはだかる。
「一か八かだ。{風神の痕剣(ゲイルトレイル)}」
相手の剣を弾くために特化した術を、この場で初めて唱えていた。
ラウーランらと戦ったとき、ニーサが新たな術を使用していた様を見せられ、自分も何かしなきゃといった衝動に駆られていたのだ。といっても、何となくイメージは出来ていて、現に成功といえる。
緑色に燃えるような剣を作り上げたのだ。
手に感じる感触もよく、効果は期待できそうだった。だがそう感じるのも一瞬で、すぐさまミシャの刃が眼前に現れ{風神の痕剣(ゲイルトレイル)}を縦に振り下ろしあてがうと、改めてミシャの恐ろしさを知るはめになる。
「な------攻撃してくるものを弾く性能がまるで効いていない------。
簡単に打ち破られそう------。だけど、軌道だけは変えないと------」
ミルナは{風神の痕剣(ゲイルトレイル)}と自分自身をのけぞるようにして、光る刃を無理矢理でも逸らそうとした。最大限に術力を込め、切り裂かれそうな術剣を耐えさせ、せめぎあいに持ち込んでいき、頭上の方へ追いやろうとする。
やがて魔力が限界になると、音もなく{風神の痕剣(ゲイルトレイル)}は崩れ去った。と同時に、ミシャの放った刃も軌道が変わっていく。
わずかに上へと刃が向いていて、そのまま王室の上壁を切り裂いていった。その一歩手前では、素早く間合いに入っていたイルクナーは、魔力を帯びた剣をでミシャの前足に切りかかり、ダメージを与えていた。
致命傷ではないが、動きを鈍らせるくらいには充分だった。だが、次にイルクナーが攻撃態勢に入ろうとしたとき、ミシャは思わぬ行動に出た。
声なき雄たけびを上げたのだ。イルクナー達は、脳内に雷鳴のように轟く音に思わず膝をつく。
「ぐっ、このつんざくような不快な音は------頭が壊れそうだ------」
音波攻撃の類かと思われたが、狙いは別にあった。
「奴の魔力が上がってるぞ------どうなっている?」
「神様って変幻自在に魔力を上げられるの!? あれ------あの魔力の流れ------もしかして{銀翼の水晶(ラグナロク)}から------」
ビアンカの予想は当たっていた。ミシャの雄たけびは水晶を通じて、化け物から魔力を吸い上げるもので、以前より更なる増幅が成されていた。
光の刃が防がれてしまったことが原因だ。神としてのプライドが許さず、圧倒して勝たなければいけないといった信念がそうさせていた。
魔力を吸い上げているミシャの手元からは、光の玉が大きく出来上がっていく。
「まずいぞ、あんなの放たれたら、我々だけでなく王都も消し飛ぶぞ!」
そうはさせじと、イルクナーは再度ミシャの懐に飛び込み一撃を与えようとする。が、ミシャは片手で光る刃を作り出し、イルクナーめがけて振り放つ。
頭上より迫る刃に避けるか受け止めるだけで精一杯になり、なかなか間合いを詰められない。
「万事休すか------」
ドリザエムが半ば諦めながら呟いたとき、空いた王室の壁から衝撃が走り、更なる大きな穴が出来た。ミシャを含め、皆がそちらに振り向く。
目線の先には、ミシャを優に越える竜が悠然と存在していた。
「ばかな!? 竜などいるはずもない------どこから?」
目を丸くするばかりのドリザエムとは対照的に、ミシャはあくまで冷静に、照準を竜に定める。
両手のひらをかざすと、光の玉は巨大な光線へと変わり、竜の胴と片手を貫いたのだ。身体のほとんどを消された竜は、浮遊したまま霧のように消失していく。
「あれは幻竜------だとすると、ギルト司教の術か------。しかし、どこにもそれらしい人影は見当たらない------」
イルクナーが辺りを見回していると、空いた壁から竜がもう一体二体と出現してくる。
爪を光らせ、ミシャを威嚇するように牙を剥いた。ミシャはまたしても、魔力の増幅を図りつつ光の玉を作り出す。
「くそっ、どうにかしないと、いずれミシャにやられる!」
イルクナーが思わず、弱音を叫んだ。それから数秒後にビアンカが、イルクナーのところまでそっと近づく。
「どうにかできないことはないよ! ただ水晶を破壊することになるから------」
そのあとの言わんとすることは、イルクナーにもわかっていた。ギルド司教が戻れなくなってしまうと------。イルクナーはわずかの間に思慮すると、はっきりとした口調で告げた。
「やってくれ------ギルド司教は------多分ここら辺にいるはずだ! 仮にそうでなくても、他に手立てを考えればいい。
古代種である君がいるわけだし------。あれ、でもビアンカも帰れなくなるのか------」
「わたしのこと考えてくれてるなんて------うれしい! でも、まずはこの世界の平和だよ」
明るく言うビアンカは、笑顔でイルクナーに応えていた。だがすぐに笑顔は消え、術を発動させる構えに入る。
両手から、オレンジ色に輝く粒上の玉を無数に生み出すと、目を瞑りながら、何かを念じるようにして解き放った。その間にも、ミシャが放った巨大な光線を喰らい、竜が一匹消滅していく。
もう一匹めも、時間の問題だった。その横を、オレンジ色の無数の玉が風のようにすり抜けていく。
ミンス教会へ向け、真っ直ぐに飛んでいった。それからすぐにミシャは、最後の竜を仕留めにかかる。
光線を放ち、たちまちに消滅させた。刹那に、イルクナー達の方に目をやる。
次はお前たちだと言わんばかりにしながら、またしても魔力を増幅し始めた。ビアンカは目を閉じ、遠隔操作に集中している。
「間に合わなかったか------」
竜の幻も絶え、今度はこちら側にくると知れると、例えかわしきれたとしても、王都に甚大な被害がでると想像すると、絶望するしかなかった。だが、増幅行為をしていたミシャの様子がおかしい。
「あがっ、ぐぐ」
イルクナー達の脳内では、ノイズのような乱れた音が聞こえてきていた。それから間もなくして、ビアンカはイルクナーに顔を向けた。
「破壊は上手くいったよ! ------だけどあれ」
ビアンカの指差す向こうは、ミシャがあがきながらも放とうとする光の玉があった。イルクナーはそうはさせじと、一目散に距離を縮める。
ミシャは間合いまでの侵入を許すまじと、片手で光の刃を放とうとした。だが、氷の矢じりがミシャの足元をかすめ、そちらに目をやった。
ドリザエムの氷術が、ミシャにかすり傷程度を負わせていたのだ。そこに、いつの間にか忍び寄っていたニーサが{銀水の小剣(シルブパウフルーレ)}を用い、傷口に切り込んでいた。
「これなら固い脚でも」
これには防ぎきれなく、浅くしか入らなかったが、痛みを与えることはできた。ミシャは、まずは小ざかしいニーサから始末しようと決め、刃を向ける。
手を振りかざした瞬間、頭がぱっくりと二つに割れた。
ミルナが最後の魔力を振り絞って{烈風の神刃(エアスラッシュ)}を放っていたのである。風術の刃は、ミシャの頭を見事に捉え、足止めに成功した。
「神だか何だか知らないけど、油断しすぎだぜ」
ミルナはふらふらになりながらも、達成感のある笑みを浮かべていた。イルクナーはミルナのことは振り向かず、ミシャの前で思い切りジャンプをした。
剣に残っている魔力をすべて込みながら、割れた頭から引き裂こうとしたのだ。胴までは綺麗に裂け、そこからは宿した剣の魔力によって奥まで切ると、イルクナーは思わず動きを止めてしまった。
中にはカジールがいたからだ。だが、かたちどったもので生きてはいない。
銅像のように眠っているかのように、ただ佇んでいたのだ。おそらく、カジールの命を巣食ってミシャが蘇ったのだろう。
そう踏んだイルクナーは、すべてを断ち切らんとして、カジールの頭上から両断した。すると、ミシャの四肢は枯れ葉のように朽ち果てていった------。
「いやー、一時は駄目かと思ったよ」
ミルナはへへっと笑いながら、イルクナーに歩み寄った。
「倒したのですか------?」
ニーサは未だ信じられずといった顔つきをしながら、二人に問いかける。
「これで生き返ったら、本当に終わりだぜ」
ミルナがいうと、二人はぷっと吹き出す。そこにビアンカが、イルクナーに飛び込み抱きついた。
「良かったー!」
「ねえ、だからあんた誰?」
ミルナは訝しげながら、ビアンカを見つめる。
「うんと、わたしは{常若の地(ディルナノグ)}からきたビアンカっていうの。言ってなかったっけ?」
軽くすっとぼけたビアンカは、自分の正体と使命を話した。古代種であること、イルクナーの夢想術の一件について、解決するために降り立ち、そのためギルト司教を半ば人質に取っていて、いずれは{銀翼の水晶(ラグナロク)}からこちらの世界に帰すことなど、掻い摘んで言い聞かせる。
「ふーんって! {銀翼の水晶(ラグナロク)}を壊したってことは、司教様どうなっちゃうの?」
「確認はしていないけど、もう戻っているかも知れないんだ。
さっきの竜------あれは紛れもなく幻術の竜だったし------。だからといって、術者がギルト司教とは限らないけど------」
「もしものときは、きっと{常若の地(ディルナノグ)}にいるエスタが何とかしてくれると思うよ。それよりも------」
言いながら、じゃれあおうとイルクナーの身体を抱きながら揺さぶった。そこにドリザエムが、まるで目に入っていないかのように、司教らしいしかつめらしく接してくる。
「イルクナー、司教であるわたしに報告を------戯言はそれからだ」
そういわれたイルクナーは、背後で抱きついているビアンカを、そっと掴み離した。ビアンカは不満そうにしている。
「わかりました、夢想術の一件からお話します」
そういって滔滔と報告し始めた。夢想術のブレは、自分に宿ったフェンリルの霊獣の影響と話し、ついで巨大な魔力があるのもそのためだと簡潔に説明する。
自分に宿った経緯も説明した。ビアンカより受け継ぎ、フェンリルの復讐のためであると。
「なるほど------ようわかった。だが今はこんな状況だ------追放処分は解かれると思うが、機を見て------」
そういっている最中、王室の扉が開かれ、ドリザエムは思わず声を出しそうになっていた。
「久しゅうな、ドリザエム。どうした、そんな顔をしおって」
イルクナーたちは一瞬驚きを隠せなかったが、たちまちに眉が開く。
「どうしたもこうしたもない、無事であったか? ギルトよ」
「そちらも無事みたいで安心したぞ」
ギルド司教が話していると、イルクナーがすぐさま口を開いた。
「あの竜はギルト司教が放ったものですよね------? いやまずは、どうやって戻られたのですか?」
「そうせかさんでくれ」
そう言いながら、一つ一つ思い出していったものから話し出した。
「水晶に触れ、無理矢理あちらの世界に飛ばされてからだな。エスタという少女から、お前たちが神と戦っていると聞かされたとき、自身も手助けがしたいと願いでたのだ。
あっさりと断られたがな。しかしながら、蘇った神との戦いを見ていたエスタは、ビアンカは戻っていないが、イルクナーのことは解決しているし、なにより惜しんでいる場合ではないといってくれて帰って来れたわけだ」
ミルナはニーサに、だとよと言わんばかりの顔を向けていた。
「結果、水晶が壊される前でよかったよ。だがな、お前たちはすでに瀬戸際に立たされていたようだから、戻ってすぐに幻術を使ったわけだ。
ミンス教会から走るよりもいいと判断したのだよ。とはいえ、竜を放つのもあれで限界だったわい」
やれやれといった表情を見せていた。
「お陰で助かりましたわ、司教様。何より戻られてほっとしています」
ニーサは優しい顔で応えると、ミルナが王室を見渡し、両手を後頭部にやる。
「しっかし、ここはもうボロボロだな」
「改築するだろう。まあ、まずは国王をお呼びしなくては」
ドリザエムは厳かな顔つきをしながらも、王都を守れた誇りで、どこか自慢げにしながら歩いていった。
王都騒乱から数日後、王室の間は工事のため、第二応接間が臨時で王室の役割を果たしていた。今日は、王都を危機から救ったとして、勲章授与式が行われている。
ドリザエム司教とギルト司教、並びにイルクナー、ミルナ、ニーサが呼ばれていた。彼らは名誉勲章を授かると、式典は簡素な催しを行い、そこで終わりとなる。
うやうやしく頭を下げながら、王室から出て行った。式典に出席していたデジーレは、彼らのあとに出ていき、城の裏庭まで足を伸ばす。
人影のない庭にはイリーネが待っていた。
「またせたね」
「それほどでも」
「では本題に------まだスパイ活動を続けてもらえる話でいいのだな?」
イリーネはこくりと頷く。
「もっとも、この間の件はスパイとしては、特になにももたらさなかったわけだが、イルクナー達を助けた意味は大きい。
国を救ったといっても過言ではないし、よくやった。今後は情報調達も頼むかも知れん」
そういってデジーレは、軽く笑顔を見せながらイリーネの肩を軽く叩いた。ただイリーネはというと、どこか浮かない顔をしていた。
イルクナーに関して、父親を助けられなかったのは、フェンリルとかいう霊獣のせいとわかっていたために、スパイ活動には後ろめたさを感じてしまうのだ。影でこそこそと探るようなまねは、今から想像してみても気持ちがもやっとしてしまう。
いっそスパイを辞めるといえばいいのかとも考えた。だけど、そうなると修道院の見習いを辞めなければいけなくなるだろうと思い複雑な気分になる------。
せっかく皆と接点をもてたのに、これがなくなるとなると寂寥感が生まれてくるのだ。
「どうした、暗い顔をして」
デジーレの問いに、少々の間を置いてから、イリーネは淡々と応えた。
「いいえ、なんでもない。これからも続けていくわ」
(べ、別にイルクナーがやましいことをしなければいいだけでしょ。てか、イルクナーのことなんか、ど、どうでもいいんだから!)
自然と動揺し、目が泳いでいた。
「そうか------頼んだぞ」
デジーレは特に気にする様子も見せずに、そよ風のように立ち去った。イリーネは一泊置いたあとに、ミンス教会へと向かう。
どこか軽やかな足取りになっていたのを、イリーネ本人は後になって気付くのである。
城からミンス教会へと戻ってきたイルクナー一行は、ここでイルクナーへの正式なドルイド教会への復帰を言い渡された。
「やったな、イルクナー!」
「本当に良かったですわ」
ニーサとミルナが祝福するように言葉をかける。
「まあね。だけど、もっと救われた人たちもいるようだけど」
イルクナーがいう救われた人たちというのは、クレキとヒラヌ、そしてファラナだ。彼らはタルミ村での計画は知らされておらず、またエリアンの話に乗ったことで、イルクナー側という印象付けが重なり、王都は禁固2年という軽い刑で済ませていた。
クレキはいい判断をしていたのだ。ただエリアン自身は、自分が救ったのだと胸を張っている。
「ヒーローにはなり損ねたけど、ファラナを救えたなら満足だよ。みんなはもっと僕を称えてくれていいよ」
「称えるわけないでしょ、馬鹿!」
たまたまなのに、どうしてこんなにも胸を晴れるのかと呆れるばかりだった。
「賑やかだな。まだ仕事はあるというのに」
ギルト司教はビアンカと共に{銀翼の水晶(ラグナロク)}があった部屋から出てきていた。
「カジールの仲間であるマクリルは捕まえたが、魔獣の生き残りはまだおる」
王都から散らばった魔獣は少なからずいた。だが、永遠の命がなくなった今、魔獣討伐の任務は明るいものとなっている。
ゴールが見えているだけに、前ほど重々しく考えないようになっていたのだ。
「まだ沙汰は聞いていないが、マクリルは死刑は免れないだろう」
たとえ未成年であっても、人殺しはいかなる理由があっても許さない、そんな理念がジュプラム国の道徳であった。一方で裏切った王国騎士団兵たちは、カジールの手助けをしたまでの罪状となり、無期限無給勤務となる。
関わったすべての人間を極刑にしてしまうと、怨嗟が連綿と続いてしまう恐れがあるからだ。ある程度のところで収めておけば、人員の手薄な今となっても国として形が整えられる利点がある。
働かせて罰を与えることによって、バランスを保とうとしていた。
「王国騎士団兵に死刑はないが、それでも人は減ってしまったわけだし、我々も借り出されるかも知れんな」
「マジ勘弁。それにしてもさあ------。
イルクナーの魔力、凄かったよな。でも、フェンリルから受け継いだってところで何ともなってないのか?」
ミルナはイルクナーがフェンリルに憑かれ呪われたと思っていて、いっそお払いでもしてもらったらと言いたそうな雰囲気だった。
「全然平気。------ミルナ、何か勘違いしてると思うよ。
確かに霊獣は存在していたけど、それは魔力を与えるためであって、役目がなくなったら記憶の存在でしかなくなったし」
「そのことで、私から話がある」
ギルト司教は、かしこまりながら切り出してきた。
「イルクナーがフェンリルによってもたらされた魔力------この事実は伏せておこうと決めたのだ。
教会の意向でな。面倒だとは思うが、仮に多くの人にその事実が広まったら、フェンリルの力を得たドルイドなど非難の的になりかねん。
少なくとも怪奇の目で見られるのはずだ。他にも、イルクナーを利用しようと悪巧みを考える輩もでてくるだろう。そういった問題は極力避けるべきだと考えとる」
一同は素直に納得した。巨大な力が目だってしまうと、他の国や地域から倒そうとする気運だって高まりかねない。
粛々としていた方が、波風立たずいいことだってあるのだ。
「まあ僕らは誠実だし、イルクナーのことは喋らないと思うよ。だけど、もし情報が漏れて厄介に巻き込まれたら、いつでもスターに相談しなよ。
すぐに解決するからさ!」
最後は親指を立て、まさかのウィンクを決めた。
「あんたが一番厄介ごとだわ------」
サルミは、もううんざりとばかりにうな垂れる。一方ミルナは、気楽な感じでいた。
「うーん、力があるのに制さなきゃいけないのは、少し残念な気はするけどな。それはそうと、ビアンカさあ。
結局のところ{銀翼の水晶(ラグナロク)}って直るのか?」
「うーん、多分無理。でもさ、どこからともなく悪い神様が現れても、悪用されずに済むんだからいいんじゃない?
ある意味で安全が保たれてるわけだから。それにいざというときは、エスタたちが何とかしてくれるでしょう。
だからそれまでは------」
心の中で{銀翼の水晶(ラグナロク)}を破壊してよかったと思いながら、イルクナーの腕に絡みついた。
「どこにも居場所ないし、ここにいてもいいよね! わたしだって神様討伐に貢献したわけだし」
ニーサはビアンカを見て、大事なものを取られてしまっているような感じになり、曇った表情になっていた。ただすぐに状況が変わり、真顔に戻る。
「いつまでくっついてんのよ!」
そういって城から帰って来ていたイリーネは、イルクナーを勢い良く押して出して離れさせた。イルクナーは壁に顔面ごとぶつかる。
「なにすんのよ!」
いちゃついてたところを邪魔され、つい怒ってしまう。
「ここにいたかったら、ちゃんと働きなさいよね」
「それ小娘がいうせりふ?」
ビアンカは目を白黒させながらいった。
「あたりまえのことをいったまでよ。それにイルクナーも、いつまで痛がってるのよ。大げさなんだから」
「いや、壁に激突したらそうなるだろ、普通」
言われたイリーネは、ふんっといっただけで顔も見ない。ただニーサは、イルクナーの元に駆け寄り、心配そうにしている。
「大丈夫? 回復魔法使う?」
「いや平気。それよりなんか------」
妙に馬鹿げた感じに思え、イルクナーは思わず笑ってしまった。ニーサもつられるように笑い出す。
ニーサは手を口に押し当てていた。イルクナーはそれを見て、またドルイドの日常に戻ってきたのだなと実感が湧いていた。
これから色んな意味で、騒がしい毎日が待っているのである。