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神々の破滅(ラグナロク)が異世界を救う!? 5/11
王都に辿り着いたデジーレはイリーナを連れ、しばし町を案内していた。そこでデジーレの主な仕事を、観光がてら知っていく。
王を守るための職務で、剣を使うより頭を使うのだと。その話の流れで、スパイ活動も行っているとわかる。
「陰々としてそうな勤めね」
「そう言われたら、かなわないな。だけど、そのお陰で王都の色んなことを知れる。
世の中の人が触れられないような深部も、頭の中に入ってくるぞ。------そうだ、イリーナもせっかく王都に訪れたわけだし、中を覗いて見ないか?」
「できるの? そんなこと」
「勿論。ただし条件つきだが------」
条件を聞いたイリーネは、最初は難色を示していたが、好奇心がそれを勝り受けてみることにした。
こういった流れで、二人はタルミの件で会議が行われる王宮へと出向いたのだった。デジーレは王宮の関係者に、イリーナが急遽配属になった使用人だと話すと、すんなりと通れた。
近衛兵長官の特権であり、逆らうものはいないのだ。給士係りとなったイリーネは、水を汲む以外は突っ立てるだけだったので、特に問題なく進む。
誰に呼ばれることもなかったので、気も楽だった。会議が終わり、皆が解散していくとデジーレは、イリーナを呼び寄せていたのだ。
「どうだった? 初めてのスパイは?」
「どうだったってスパイしてるつもりは------」
言いかけていたイリーネは、つい口を塞ぐ。
デジーレの口利きがあったとはいえ、あれは確かにスパイだったと思い、否定できなくなっていたのだ。口ごもり否定できないでいるイリーネに、デジーレは予期せぬ提案をしてきた。
「もし気があるなら、このままスパイになってみたらどうかな?」
「冗談でしょ?」
「本気だよ。ただし王宮ではないがね。
教会にいってもらいたい。教会へ直接放っているスイはいないのが理由だけど、どうかね?」
デジーレは悪戯な笑みを浮かべながら問うと、頬をポリポリと掻いた。とうのイリーナは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「城の宮殿に潜った次は教会? ------ドルイドの?」
「今日、新入りだって話しただけで誰も怪しいとも思っていなかったし、うってつけだろうと思う。初めての王宮とは思えないほど、驚くほど自然と振舞ってくれてた」
満足げに話すデジーレは、人差し指をぴんと立てた。
「君は連中を知る機会であり、生憎顔も知れていない。それによくわったはずだ。
話してやった会議の内容を聞いて、本当に知りたいことはここにはないとね」
デジーレの言うことは正鵠を得ていた。確かに王宮内部を知るのも魅力ではあったが、
ドルイド教会の秘中も知れたら最高であることに間違いはない。
「別にいいけど。でもスパイなんてやったことないし、失敗するかもよ」
「心配する前に、できるだけ私の方で手助けするつもりだ」
そういうと、デジーレの口角はわずかに上がった。
「教会には修道士の見習いとして推薦状を出しておく。あとはイリーネの返事次第だが------」
「用意がいいというか、何というか」
「そうでなくては王宮の裏は務まらんからな。それはそれでだな、返答を聞かせてくれないか?」
「う~ん、わたしにできるかしら?」
「イリーネ次第だな。ただ自信がなければ、無理にとは言わん。
タルミに帰るのも悪くない。まあ、王宮まで入り込んでおめおめ引き下がっていては、この先も思いやられるというもの」
しれっとするデジーレにイリーナは思わず苛立つ。
「わかったわよ、やればいいんでしょ!」
「よろしい。では報告楽しみにしている」
言うとデジーレは、くるりと回れ右をした。背を見つめるイリーナは、小さく地団駄を踏む。
まんまと乗せられた気がして悔しくてしょうがなかった。けれど、教会の潜入という、いけないことをする楽しみもある。
どこかテンションが上がっているのだ。
「いいわ、デジーレの驚くような成果を上げるんだから。あ、でもすぐ調子に乗るから気をつけろっていつもパパに言われてたっけ」
いけない、いけないと思いやんわりとした反省をしていたのだ。それでも数時間後には、修道士見習いとして身につけるべく教養にしっかりと躓くのであった。
ギルトはふいに目覚めると、祭壇にも似た何かに横たわっていて-----回りは自分の半径数メートル以上になると木々に囲まれ、日の光がその合間から柔らかく差していた。
淡く輝かせる射光は、聖火のように神々しく思えるほど壮麗に見えた。
(ここは------異界だろうか。まさか天界ではあるまい)
そう断定した後、周囲を探ろうと体を起こした。そのときであった。
計ったかのように、背後から呼びかけられていた。
「あなたのその行為は無意味だし、そのままでいて」
はっとしながらも振り向くや、そこには年頃の女性と、14、5ほどの少女が、ギルトを迎えるように見ていた。ギルトはいささか面食らい、思うように言葉がでてこない。
それを察したか年長に見える側から、続けて話しかけてきた。
「ここはまして、生身の人が何かを探って得るような場所じゃないの。そんなことより助けを求めて来たんじゃない?」
覗き込むように見つめる女性の瞳は、うら若い輝きすら見て取れた。一方の少女は、やや様子が違っていた。
目は虚ろで、身体も硬直したかのように微動だにしない。
何を考えているのか伺え知れない風であった。ただ今は、相手を知るより使命感が上まわる。
「そうだ、わたしは------。いや、何ゆえ事情を知っているのか?」
そう言いながら、神に助けを乞おうとしたことを思い出していた。と、すぐに、ここが{銀翼の水晶(ラグナロク)}と関連しているものだとおぼろげながら察すると、慎重さから態度が自重気味になり、口が真一文字になる。
「わたしたちは{銀翼の水晶(ラグナロク)}より、あなたたちに術の力を与えてきましたし、そのような存在です」
少女は唐突に口を開いたかと思うと、開いていた両手をやんわりと拳に変えていた。
「その時点で繋がってると考えてもらえたらいいでしょう。ですが、その繋がりとは、あなたたちの世界を深く見通せるものではありません。
丁度、この世界が揺らめいているように、そこはかとなくわかるといった程度です」
端的に話しながらも、少女の虚ろな瞳は変わらなかった。
「では、私や他のものまで見ていたというのか?」
少女はギルトの問いにはすぐに答えず、少しの間を置くと握っていた拳をまた開いた。
「すべては世界の安定を保つためです」
「そのために、わたしらに力を授けたと?」
訝しげに尋ねるギルトは、やや前のめりになっている。
「そうです。ですが、メインは魔獣の討伐に変わりありません。
恙無く成していれば、他に関心はありませんから、不必要に垣間見ようとはいたしません」
言い終えるや、隣に立つ女性がさりげなく言葉を引き継ぐ。
「そう、だからプライベートまでは監視はしてないから安心してくれていいの。あ、そうだ!」
人差し指をぴんと立てる。
「紹介がまだだった。わたしはビアンカでこの子は妹のような存在のエスタ」
エスタは、わたしはビアンカのことを姉だと思っていないのだけどと言いたそうな顔つきで見やった。ビアンカはまったく気付かずにいるが。
「エスタは顔立ちがいいから、大きくなったら美人になるわね。だけど、大人にはなれないのね。
何故ってわたしたちは、ここが神より永遠を与えられた常若の地(ディル ナ ノグ)で、歳をとらないところなのよ」
誰にも聞こえないくらいの嘆息を漏らすと、腕をお腹の辺りに組み直した。
「だからずっと生きてる。あなた方からすれば、古代人ってことになるか------。
なにせ数百年以上前に起きた世界崩壊の生き残りだからね」
「あのとき------わたしたちの暮らしていた地域の生き残りはごくわずか。
絶滅してもおかしくない状態でした。そこで我が君である神が慈悲の心を示したのです」
エスタは少しばかり、顎を上に上げた。
「当初はあなたたちのように、魔法を使えるようにしてもらい、崩壊した世界でも何とか
生き残れるよう推し量ってもらったのです。ですが、それでも一抹の不安をもっていた神
は、更に慈悲を与えてくださいました。
この地を創りだし永住を許され、安寧のときを下さったのです。それにともない半永久
に安穏と暮らすだけではと、使命を与えてもらいました。
そう。{銀翼の水晶(ラグナロク)}の番人------神から申し付けられ務めています」
「そ、そうであったか。------ついでと言っては、この機会に聞きたい。
わたしらを何ゆえドルイドに選んだのか------。そもそも{銀翼の水晶(ラグナロク)}とは一体何なのだ?」
ギルトは懇願するように尋ねると、しょうがないから教えてあげるといった風でビアンカが応え始める。
「実のところはこうなの。あなた方を選んだ要因は、責任感とか誠実性をもった人ってのも多少あるけど実際は、ここにいる人の誰かに類似しているかで決まりね。水晶に手を触れると薄っすらと、わたしたちの意識に繋がるようになっていて、そこで似てるかどうか判断する。
似ていなかったら無視し続けるだけだし、似ていたら------わかるというより、あっ!て気付かされる感じ。そうなったらもう、合格。
術者に選ぶわけ。だって自分に近い感じの人なら、まあ信頼してもいいかなってなるでしょ? てゆーか身内みたいに見ちゃってるよね。」
「身内だなんて馴れ馴れしいです、ビアンカ」
「別にいいじゃない。思ってるだけなら勝手でしょ?」
「そうですけど------」
「それに何だか素敵じゃない。永く生きてるんだから、淡い恋心の一つや二つ抱いてもしなきゃ損よ」
「ビアンカは一体何の話をしてるんですか!」
感情的になるエスタは先ほどまでとは違い、青白い焔が宿ったような瞳をビアンカに差し向ける。ただビアンカは上の空であった。
手を組み天を見上げる瞳は、少女のように輝いている。エスタは流すことにしたらしく、襟を正した。
「もう一つの質問------水晶の本質を簡単に申し上げておきます。あなた方下界の人に魔獣の脅威を退けるための力を与えようと、ドルイドの神があの水晶を造り上げました」
エスタは自身の手首をほんのわずか掻いた。
「丹念に仕上げたと聞いています。だからではありませんが、詳しいことはわからないのです。
わたしたちも独自に調べても見たのですが-----手掛かりを掴むまでも時間が掛かりそうです。とどのつまり{銀翼の水晶(ラグナロク)}とは、わたしたちがあなたたちに術を与えるパイプ役みたいなもの。
わたしたちが命令さえすれば、水晶が術を与えるといったシンプルなもので、そういったものも神がわたしたちに与えて下さったのです。あと------余談ですが、水晶はあくまで魔法を使えるようにさせてるだけで、どんな魔法かは術者次第といいますか、性格や適正によるものが大きいのです」
「といいますと?」
「Sっけな性格の人ならば保護系統などの術は見込めないですし、温厚な方ならその逆もしかりなんです。また、他にも例はあります。
特殊な術を持つ場合ですね。性格的には、比較的変則な思考な持ち主なのかなとわたしは思っています」
「なるほど------」
「もしかしたら、神様の気まぐれなのかもしれませんがね。------そう、それともう一つ。
あなたも知ってのとおり、水晶には転移する力も備わっています。通常であれば、わたしが出向きお連れするはずが、今回はあなたがたまたま触れてくれたお陰で手間が省けました。
そう思っていたとき、タイミングよく触れていたのですから。ざっと説明するとこんな感じです」
エスタは現実を語るような、しっかりとした口調で進める。
「ある程度は理解したかと思うので、本題に入ります」
先ほどの虚ろな瞳には、にわかに光りを宿したかにすると、後ろ髪をいい感じに撫でた。
「率直に言います。あなたには人質になってもらいます」
きりっとした物言いのエスタとは裏腹に、ギルトは思わず唖然としてしまい、言葉が出てこなかった。
何を言っているといわんばかりの顔で迎えるのみであったのだ------。