神々の破滅(ラグナロク)が異世界を救う!? 10/11

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「これは一体------」

 ドルイドの神であるミシャは、イルクナーから発せられる膨大な魔力に、目を丸くしながらも首を傾げる。が、すぐに魔力から発せられるオーラに、覚えがあるのを思い出す。

「そうか------これはフェンリルのものか! だがどうやって------」

 神すら理解できずにいた。

 真相はこうだ。そもそもフェンリルが神々に討たれ、焼かれて幾年か経ち命が尽き果てるのだが、ミシャがフェンリルの眷属である魔物から魔力を抽出し人に与えているときまでは生きながらえていて、その光景を遠眼で見ていた。悔しさのあまり、魔動機だけでは足らぬとして自ら霊獣を生み出し、ミシャに捕まってある魔物の中に潜り込む。

魔力の中にといった方が正しいかもしれない。ミシャは、この事にはさすがに気付かず、魔物から魔力を取ったとしか考えていないため、フェンリルからすれば恙無く事は運んだのだ。

そうして最初に選ばれたのはビアンカだった。ただ世界は、復興の真っ只中にあり、魔獣討伐とで精一杯。

まして真実に近づこうとする人間など、神を信仰する風潮が強い中では皆無だったのと、古代種に選ばれてしまったために復讐の機会は先になるのだった。それから年月が流れ、イルクナーに巡ってくる。

ビアンカも知らなかった霊獣つきの術を引き継ぎ、その運命と歩み始める。このときフェンリルは、イルクナーに期待を持つと共に、ある決断をする。

魔動機と神の秘匿を余計なタイミングで見つからないよう山間部に隠していたのだが、イルクナーが18になるときに人間に見つかるように仕掛けていたのだ。

地震を起こし、見つけ易いようにしたのである。今回は物好きのカジールがいたために、ことは早く進んだ。

イルクナーに、魔獣と神の関係を伝える役目を果たし、フェンリルの想定どおりに事は運んでいく。あとは、いかにカジールたちが魔獣を操り、無駄な血を流させるかだった。

多くの人間を道連れにするのが、ある種の弔いでもあった。ただし、夢想術のブレが生じたのは、フェンリルの計算外であったが。

夢想術の源であるフェンリルの霊獣が、地震に魔力を注ぐ余り、術の機能がままならなくなったのだ。だが、霊獣であるフェンリルは、すぐに対処を始める。

イルクナーの術を強固なものにして、絶対の力をつけさせようとしたのだ。

夢想術が外れたり、戦況を無理矢理優位に持っていったりしたのがそれだ。

イルクナーにもしものことがあったら最終目的が果たされなくなる畏れがあるため、霊獣が持っている力でイルクナーを守ろうとしたのだ。これら一連のことは、イルクナーにもフェンリルの魔力を通じて、脳裏から容易に読み取れた。

感じるのは自身に宿る巨大な魔力と、それを与えたフェンリルがイルクナーを守ろうとしたことだ。

「そうか、術がおかしくなったのは、フェンリルがファラナの夢想術を上まわろうとしたためと、真実を知らせる仕掛けのためか------。それにしても神もフェンリルも身勝手な理由で------」

イルクナーは思わずしかめ面になる。対してミシャは、どことなくイルクナーの心を読んでいた。

「わたしの読みは外したか------夢想術が乱れたのは、単なるフェンリルの容量オーバーだったわけか------。だが、この差異も些細なこと」

 ミシャは、詩を読むかのような口調で話しを続ける。

「夢想術そのもがフェンリルが施したスイッチ------おそらく、わたしを討つといった言葉が引き金になって、お前を覚醒させたのだろう。そうでなければ、フェンリルにとっては意味はないからな」

 神であるミシャは、夢想術についてもいささかの悔いがあった。術が機能している状態では、人の命を完全に守りながら魔獣を討てる、いわばミシャにとってこれ以上のない都合のよさを少しは疑うべきだったと。

 自分の管理が強固なものになったと自惚れ、フェンリルに乗せられていたのだ。

「甘さがあったというべきだな。しかしながら、わたしが人の前に現れたのは、ドルイドの子の異常を知りたかったまでのことで、魔獣に関しては永遠に彷徨っておればよい。

わたしがこのまま消えたら、お前たちにはどうすることもできまい? できるは王都を鎮めることのみ」

言い放つミシャは、転移魔法を発動させる。が、イルクナーはすでにミシャの魔法を読んでいて、先手を打っていた。

「逃がすわけにはいかない! 亜空間魔法{異扉の封鎖(ディメンションゲート)}」

 唱えた魔法は、物理法則を無視する移動を完全に妨げるもので、魔力だけでも転移魔力の数倍の力が必要なのだが、イルクナーは難なくやってのけた。

 司教クラスを遥に超える魔力なのだ。ただそれよりも、生身の人間が転移を阻止する魔法を放ったことにビアンカは驚きを隠せない。

「転移魔法自体この世界で使える人はいないはずなのに、いきなりどうしちゃったの? ------でも、イルクナーが強くなるんだったらいっか。わたしも守ってもらえるし」

 切り替えの早いビアンカは、特に深く解明しようとは思わなかった。

 イルクナーもまた、自身の変革にどうという気持ちはなかった。

 魔力が増幅されても、フェンリルに体を乗っ取られたわけでもなく、性格もすべて自分のままだからだ。

魔法に関しても、フェンリルに与えられたものというより、昔から知っていて思いだした感覚に近い。

実際には、イルクナーとフェンリルが組み合わさって、特異な相乗効果が生み出したものだが、現時点において知るよしもなかった。神であるミシャもわからずにいたため、焦りの色を浮かべている。

「あんな魔法、神であるわたしですら使えないのに何故------。いや、どうしてかなんてのはいい。今は奴を止めて------」

 まずは優位に持っていかねばとして、時の魔法を発動させる。

「次は阻止を許さぬ。時よ止まれ{時刻の凍結(フリーズタイム)}」

 唱えるや、ミシャ以外の時間はすべて止まり、その光景は立体の絵画を見るようだった。効果を認めても当たり前かのようにしているミシャだが、内心はやや安堵している。

「ドルイドとフェンリルの魔力が合わさると、こうも強力な魔法使いになるのか------。まあよいか。まずはイルクナーをどうするか------。

 神を阻害するとして殺してしまうか。それとも、いっそ実験材料にするのも面白いやもしれぬ」

 まさに静寂のように静まり返っている。と、幾許もしないときに、時が止まった静寂からひびが入ったかのような音がするや、一気に崩れていくのがわかった。

 作り物のガラスが粉々に割れていき、本物の姿が見えたかのように、生の色がすべてに満ち溢れれ、時間を取り戻していった。

「どうしたというのだ? 我の時術を破ったというのか」

 正解に近く、実際は打ち消したといえば正しいだろう。ミシャの術が発動したとき、イルクナーの巨大な魔力には干渉できなかった。

 神の魔力を凌駕していた余りに、その部分だけ効かなかったのだ。魔力そのものが、機能が止まっているイルクナーの原因を突き止め、時間の術を解くべき魔法を一瞬の速さで発動させる。

 あらゆる効果を消す魔法{虚無の消失(ヴォーテクス)}だ。これは幻術や眠り、魔法封じなど間接魔法を打ち消す高位の術にあたる。

本来は術者が唱えなければならないが、イルクナーの強大な魔力の前ではスキルのように自動発動してしまう。

「よかろう。では神の底力を見せ付けてくれよう」

 ミシャは目を厳しく光らせながら、魔法を発動させる。

「かつてフェンリルを死ぬまで燃や続けた神界魔法をくらうがいい{炎焼の終尽(デボートフレイム)}」

 イルクナーの四方八方、そして下から猛然と炎が巻き上がると、ビアンカは手で顔を押さえながら悲鳴を上げる。

ビアンカの術では、どうしたって消せない炎で、ただただ目を背けるしかなかった。一方イルクナーは、尋常ならざる炎に焼ける痛みを覚えながらも、刹那に魔法を唱える。

「{永久凍土}(フローズンペルマナント)」

 本来なら相手を氷漬けにして、永遠に牢に閉じ込める術なのだが、今は自身を襲っている炎に向かって発動させた。

 当初は炎がイルクナーを焼き尽くさんとばかりにしていたが、次第に氷が炎を抑え包み込むようになる。

 永久に溶けない氷の中で、対象を消すまで燃やす炎がせめぎあっている。ずっと続くかに思われたが、ぶつかり合う互いの魔法が同等との力であったため相殺される形になった。

 術の力も同じくらいだったためともいえた。これが片方が大した魔力でなかったら、結果はどちらかの魔法だけが消失している。イルクナーの魔力は神に匹敵するか、その上をいく魔力をもっていたから、互角の展開に持ち込め戦えていた。

「すごい! 強い」

 ビアンカは興奮を隠しきれずにはしゃぐ。対して、先ほどから唖然としていたイリーナは、つられるように口を開く。

「これってほんとに現実なの? ------だけど信じるしかないよね------」

 素直に出てきた言葉だった。

「------まさか、相打ちとはな------」

 ミシャは釈然としない。ただすぐに冷静になり、落ち着きを取り戻した。

「ある意味、これを見に来た甲斐があったというもの。だが、見ただけでは済まされぬ。

 確実に抹消せねば、災悪をもたらしかねぬ------ましてや神に逆らうなど!」

 神が人に阻まれる、反逆の意思を向けられなどあってはならないとした認識をもっていたために、イルクナーの行為は禁断と見なしていた。

人の立場であっても、いくら神に違和感を感じても、それだけはやってはいけないと思うだろう。けれど、イルクナーは違っていた。

神が過ちを一切犯さないといったものは迷信だとし、それを正すことにためらいはなかったのだ。

「冥界魔法{真闇の球体(ダークスフィア)}」

 イルクナーの手から、直径二メートルを越す墨の色をした球体が、ミシャに何発も放たれる。ミシャは手に魔力を込めながら、黒い球体を受け止めようとする。

「小ざかしい。{時刻の移動(タイムリープ)}」

 イルクナーの放った魔法は、球体に相手を閉じ込め圧縮死するものだったが、ミシャは球体の効果を難なく無効化していった。

 ミシャの手に触れた球体は、刹那に時間が極限まで進み果ての形になったのだ。{真闇の球体(ダークスフィア)}を消されてもイルクナーは、事も無げにしている。

「悪いが荒くいくぞ。{冥霊の砂嵐(レイスストーム)}」

 冥界より呼び寄せる砂嵐は、砂に薄紫色が混じったような色をしていて、ミシャの回りを猛然と吹き荒れるのだが、ただの砂嵐ではなかった。

 砂嵐には霊痕が含まれており、見えない刃と化していたのだ。

「ぐっ、{混乱の時流(カオスストリーム)}」

対象に時間の感覚を混乱させ、機能をおかしくさせる魔法を放ったが、四方八方からくる攻撃に、すべてを防ぐことはできなかった。

砂嵐のほとんどは時間の海流に彷徨い消えたが、残滓はミシャの四肢を捉えていた。

さすがのミシャも、何箇所かに傷を負わされる。だが神であるが故に血はなく、傷口からは白く光るものが見えるだけだった。

 ミシャは傷口を一ヶ所だけ見るなり、無表情な顔をゆっくりとイルクナーに向ける。

「見くびっていたわけではないが、出し惜しみはせぬ方がよいか------。

人が到達できぬ力を見せてくれよう。{時越の回転(オーバードライブ)}」

 不敵な笑みを浮かべた。と、次の瞬間には、にわかに信じがたいことが起きた。

 ミシャがいつの間にかイルクナーの後ろに立っており、イルクナーの太ももから血飛沫が上がっている------ミシャが作り出した天白の剣で、切り裂いていたのだ。

 魔法で作られた天城の剣は、まるで吹雪が寄り集まってできたかのように、淡く美しかった。ビアンカはミシャの持つ剣などは目にくれず、ひたすらイルクナーの血が出ている箇所を見て悲鳴を上げる。

 思わず手で顔を覆っていた。が、すぐに片膝をついているイルクナーの元に駆け寄り、回復の術を使う。

「そのまま動かないで!{大地の恵癒(アースヒール)}」

 地面から土色のオーラが湧き上がり、ビアンカの両手を通しながら、裂かれた部分に当てていく。すると、徐々に傷口が塞がれていった。

「ありがとう。だけど、もうこれは受けられないかも知れない」

 イルクナーは、痛みを耐えるような顔つきをしながら話していた。ビアンカは心配そうにしながらも、首を傾げる。

「ほう、お前はわかっているのか。といっても、お前だけでビアンカは理解していないようだ。お前は治療中だし、特別にわたしが話そう」

 眉を潜めるビアンカを尻目に、鷹揚に話を進める。

「我の術はこういったものだ。我に流れる時を無視し、極限の速さで動けるもの------我以外からすれば瞬間に成し遂げてるように見えるだろう。

 瞬間行動しているようなものだ。つまりは、我の速さは捉えようもないもので、お前たちには時が止まったまま、成されるがままになるのだよ」

 ミシャが一泊置くと、ひんやりとした沈黙が数秒あった。

「ざっというとこんな感じだ。------そう、言い忘れていた。

お前を初手で殺さなかったのは、せめて冥土の土産にわたしの術を教えておこうと思っただけだ」

いっている間に、イルクナーは術の発動体勢に入ろうとしていた。

ビアンカは慌てて止めようともしている。

「ちょっと、まだ完全に傷が塞がってない! このまま動いたら------」

「大丈夫。それにこのタイミングを逃したら------」

「あきらめが悪いな。防ぎようもないものをどのように防ぐ? この世にそのような術は存在しないぞ」

「やってみなきゃわからない!」

 聞くなりミシャは鼻で笑う。

「所詮は人と冥府の合作、この場で本当の引導をわたしてくれよう。{時越の回転(オーバードライブ)}」

「{闇夜の使人(シャドウサーバント)}」

 二人は、ほぼ同時に術を発動させるや、高次元の速度を得たミシャは、すべてが止まって見えていた。

「さて」

 言いながら、イルクナーの胸元に剣先をつける。

「これでフェンリルの幻影ともお別れか------」

 ためらいもなく剣を突き刺すと、息の根を止めたような手ごたえを感じていた。そのときであった。

 イルクナーから黒い影が出てくるなり、そのまま後退して消えていったのだ。イルクナーはといえば、無傷のままにしている。

「なっ、身代わりか?」

 もう一度突き刺すと、同じように黒い影が出ていき、相変わらずイルクナーは無傷のままだった。ミシャは焦りを募らせ、術を解かないままに剣を刺し続ける。

「ひっ、いくらやっても身代わりが費えない------」

 イルクナーはほとんどの魔力を使って、できるだけ多くの自身の影を作っていた。勿論、自分の身を守るためだけではない。

 ミシャの魔力を消費させ、枯渇させるといった賭けでもあった。

おそらく{時越の回転(オーバードライブ)}は、ほぼ無敵に近い魔法であるため魔力もかなり必要だろうとみていた。維持していく時間はそう長くはできないだろうと。

イルクナーの読みは的中していた。魔力の浪費は激しく、イルクナーの影を三十体ほど屠ったところでミシャの魔力が尽き、時が止まったかのように動ける速さがなくなっていた。

術の効果がなくなったミシャには、天白の剣だけが残っている。ただし、ミシャの攻撃を受け続けたイルクナーも、ぎりぎりまで追い詰められていた。

{闇夜の使人(シャドウサーバント)}で作った影は残り二体までになっていたのだ。それでも焦りの色を見せずに、ミシャの手前まで素早く近寄り、頭上から剣を振り下ろす。

迷いなく振る剣は、綺麗な一閃を描いていた。それをミシャは、手にしていた天白の剣で、見事に受け止める。

「ぐっ」

 やや苦悶の表情を浮かべる。そこにイルクナーの影二体が、同時に左右から剣を振り下ろすと、両方から袈裟切りのような形になってミシャを切ってみせた。

 大きな傷を一気に二つ負わせたのだ。ミシャは、力なく崩れていく。

「まさか人に討たれるとは思いもしなかった-------。------違うか、純粋な人ではないか」

 両方の肩口の裂けた箇所からは、白く光るものが見える。

「イルクナーの様子を見るだけにすべきだったか------」

 言い終える前に、裂けた傷口から白い光を眩いばかりに放ち始める。と、ミシャの体が徐々に、白く輝く粒上の玉と変わり、上へ上へと舞い上がっていく。

 まるで、雪に宝石の輝きを加えたかのように美しかった。幾許かすると、白い光は少しずつなくなり、果てにはミシャと共になくなっていた。

「消えてる------」

 イリーナは目を丸くしながら呟く。少ししてビアンカは、たどたどしく口を開いた。

「これって、ドルイドの神を倒しちゃったんだよね------。でも魔獣もこれでどうにかなるし、許してくれるよね」

 イリーネは混乱しながらも賛同する。

「あ、当たり前じゃない。だって悪いことしてないし」

「------そうだよね。そんでもってイルクナーが無事で良かったー」

 勢い良くイルクナーに抱きついた。あまりの勢いに、やや硬直していたイルクナーを見ながら、イリーネは怒り気味になる。

「そんなことしてる場合じゃないでしょ。ここから出ないと」

 未だ神が造った空間に閉じ込められている状態なのだ。ただビアンカだけは{銀翼の水晶(ラグナロク)}から出れる術があり、余裕をもっていたが。

「わかったわよ。小うるさい子供ね」

 疎ましそうにしながらも{銀翼の水晶(ラグナロク)}に触れる。すると、まわりの物が目に見えぬ速さで移動してるように見えたかと思えば、たちまちにミンス教会の深部に戻っていた。

「これでいいんでしょ!」

 そういいつつ、ちゃっかりイルクナーの腕に絡みついていた。それをイリーネが、やや不満そうにしている。

「ちょっと! いい加減離れたら?」

「子供は大人しくしてればいいの!」

 そういっているビアンカの脚は、小刻みに震えている。

神と対峙していた畏れが今になっても、止まなかったのだ。怯えてるために固く腕を組むビアンカに、イルクナーはかわいい一面もあるのだなとわかり、自然と笑みがこぼれていた。

 ミンス教会を後にして、城へと向かおうとする際、ビアンカは尚もイルクナーの腕を抱くようにしていた。

「これから城へいくんでしょ? 魔力はだいぶなくなってるんじゃない? 私の力は必要?」

 自身がこの世界に派遣された理由など忘れ、ひたすらにイルクナーといちゃつこうとしていた。二人の後ろにいたイリーネは、ふて腐れたようにしながらついていく。

「ねえ、今から王都にいって危ない目に遭うかもってときに、緊張感なさすぎじゃないかしら?」

 二人のペースになってる雰囲気に、もやっとした気分になっていた。と、そういった自分をふと客観的にみれると狼狽気味になる。

(な、なんで私嫌な気持ちになってるの? べ、べつに二人でくっついて気に入らないってわけじゃないんだから!)

 首を右左に何度も振るイリーネは、すこしばかり顔が赤い。そんな折、前方から何者かが近づいてくる。

 近衛の長デジーレだった。凛とした出で立ちをしていて、いかにも王の騎士といわんばかりの威厳を放ち、臆することがない。

 相手にわずかでも怪しむべきものがあれば、見逃さないといった目つきで皆を捉えていた。一方、デジーレの命でスパイ活動をしているイリーネは、急に現れた上官に、どう対応していいのかと狼狽していた。

 見たことのない厳かななデジーレの態度に戸惑っていたが、デジーレは事も無げにしている。

「私はこの国の近衛兵長だ------む、貴様イルクナーだな? 確か教会から一時追放処分になったと聞いているが、このような非常事態に何をしている?」

 いかにも見回りの兵が問うような事柄を並べ、真相に近づき、イルクナーから事情を聞きだそうとする。ただ、事の顛末まで聞き及ぶと、幾許か驚きの色を見せた。

「な、ドルイドの神を倒して見せただと!?」

「あのときのイルクナー凄かったんだから。って別に今も、凄くいいけどね」

 ビアンカは嬉しそうに、イルクナーにかぶさってくる。目くじら立てるイリーネを一先ず視界から追いやったデジーレは、ビアンカを注視していた。

(おそらくこの女が例の古代種とやらか------見た目は何ら変わりはないが。------いや、ときに詮索しているときではないな)

「修道院の女よ、二人と同じく倒した相手は神であったと思えるか?」

 まさに他人のような口ぶりでいうデジーレは、関係を気付かれないよう、やや強気の視線を送り、自然な態度で接するよう促していた。とうのイリーネは、焦りながらも察してはいた。

「え? ええっと多分------じゃなくて、おそらくそうだと思います!」

 どこかぎこちなかったが、まだ少女だから受け答えがままならなくて普通だろうとした空気になっていた。

かえって違和感がなかったのだ。様子を見ていたデジーレは、やや肝を冷やしたものの、関係が怪しまれなかったことと、もう一つの意味で安堵していた。

神が倒されたのは、本当かもしれないということである。第三者のような立場であるイリーネが、デジーレに嘘をついているようには感じられず、むしろ必死に報告しているようなふしさえある。

イルクナーの話を信じていないわけではなかったが、確認の意味があったのだ。

勿論、偽の神という疑いもあるが、とりあえず城にいけば何かしら異変があったりなかったりで、確かめられることもあるだろうと踏んでいた。

「そうか。ただ、まずは城に来てもらいたい。

 偽神だったかもしれんし、その辺を確かめないと。それに、疲れてるところ申し訳ないが城を解放するために協力願う。

 君たちの力を貸してほしい。手筈は整えてある」

 デジーレはそこまでいうと、城まで先導すると告げた。

「実はもう近くまで、ドルイドの見習い------エリアンだったか、がカジールの下の者と教会まで迫ってきている。わたしとしてはこれを避けようと考えている、面倒にならない為にね」

 実際は二組が合流し、城に戻ったところで倒した神が偽神であり、魔獣の呪いが解かれないばかりに、民衆の命を保証するカジール側に、上手く取り込まれるのを畏れたからである。

戦力を分断し叩くか、カジールを諭すのが理想的だと判断していた。一方イルクナーは、エリアンが教会まで来るわけを聞き、納得する。

「なるほど------らしいといえばらしい」

 苦笑を浮かべながらも、理解は示していた。

「後輩であるわけだし周知の仲だろうが、今は急ごう。

 城と王の救出が最優先だ。エリアンはそれからでも構わんだろう」

 皆頷く仕草を見るや、デジーレはやや大通りから逸れた道へと誘導し、城へと足を進ませた。

 小道をすり抜け城下の門前まで来たイルクナー達は、門番を務める王国騎士の兵を避けるため、デジーレらごく一部の人間しかしらない裏通路から入っていった。

城の脇にある下り階段を通り水路へと出ると、滝のように流れ行き止まりになっている箇所までくる。と、デジーレは壁際のとある石をずらし、穴に手を突っ込んだ。

「んん、これでよしと」

 探し当てたレバーを引くと、滝の水が徐々に収まっていった。

「城にはこんな仕掛けがあったんだな」

 イルクナーが感心気味にいうと、デジーレはやや苦笑いを浮かべる。

「はは、こいつは知られたくなかったんだが、非常事態だからな。君たちはくれぐれも口外しないでくれよ。皆に知れ渡ってしまったら、いざ王のために使おうと思っても駄目になるからな」

 デジーレは肩をすくめ、同意を促す。イルクナーは皆を代表するように頷くと、デジーレと共に城の地下水路へと進んでいった。

途中の階段を乾いた音を鳴らしながら上がると、かび臭く狭い通路にでた。ただ、灯の光もなく真っ暗で何も見えない。

「うーんと確かこの辺に------あったか」

 デジーレは手探りで何かを探し当て、勢い良く押した。すると、ごごごっとした音が聞こえてくる。

 目の前の壁が動いたのだ。城内の光が差し込み、そこが宝物庫だとわかる。

 煌びやかな宝石の他、貴金属のアクセサリーや意匠を凝らした剣や盾も飾られてあった。目を輝かせているビアンカを横目に、デジーレは扉を開け抜けようとする。

「ここからは素早く忍びながらいくが、ついてこれるか? もっともついてこなければ困るが」

 どうだといわんばかりに厳しい目を向けると、イルクナーは首を縦に振った。

 そこからの行動は早かった。デジーレは通路の脇や死角になるような場所をすり抜け、三人、特にイリーネは必死でついていくと、短時間で王室近くまで来る。

 デジーレは三人の身のこなしに感心しつつ、番にあたっている兵を後ろから剣の柄を撃ち、昏倒させた。それからすぐに扉を開ける。

乗り込むかのように、威勢よく王室へと入っていった。と、やや以外な情景があった。

 カジールが、まるでイルクナーたちが来るのをわかっていたかのように、両手を顎にやりながら玉座に座り、こちらに目を据えていたのだ。ラウーランやヌアサ、魔獣も三対ほど近くにいて、イルクナーに冷めた風な視線を送っている。

「イルクナー、君が私の前に来るだろうとは、おおよそ見当がついていたよ。------魔獣の尋常ではない咆哮を聞いて、呪いが解かれたと感じた------。

あの解放されたような姿を見れば、ぴんとはくるわけだよ。それに神を屠る可能性のある者など、君らくらいしかいないからね」

 言うなりカジールは、似つかわしくないとわかっていながら座していた玉座を、やれやれといわんばかりにして離れた。

「わかっているならば」

 デジーレは息を荒げる。

「潔く投降するといい。抵抗は汚点を残すだけだ」

「そうかもしれんな。ただな。

 ただ、面白い話を最後に聞かせてやろうかと思ってな」

「面白い話だと?」

 デジーレは思わず眉を潜めるている反面、カジールはどこかすっきりした表情をしていた。

「そう、ルーン文字の最終論文といったところだ。------さて、どこから話せばいいものか------」

 ルーン文字は古代種であるビアンカを始め、イルクナーも知っていた。神が捕らえた古代の化け物より魔力を抽出し、その術の性質をルーン文字に置き換える。

後に古代種が術に見合った人間を判別し、その力を与えると。ただ、神がいなくなった今では、これから先には術を使えるドルイドはいなくなるかもしれないだけに、カジールの話はどこか興味を薄れさせるものになっていた。

生み出された術の秘匿を知った後では、それ以上のものはないと思っていたのだ。ただし、完全に冷めた気持ちでいるわけでもない。

すべてを解明できてるとは言い切れないからだ。カジールがルーン文字を解析し、武具強化に繋がった例でいけば、どこから力を貰い受けているのか不明なままだ。

ドルイドは直接、神からルーン文字を通して魔力を貰うが、カジールの場合は、文字を刻んでるだけに過ぎない。更に言えば、文字の内容を刻めば何でも、その性質になることもない。

例えばこうだ。剣に強度を増す内容を刻めばその通りになるが、氷の類の文字を刻んでも、属性がそうなるわけでもない。

炎でも雷でも同じことだった。だからこそイルクナーたちは、新発見があったのかと、注目が集まる。

「すべてを語るは無意味だからな------。そうだな-------私が武具に魔力を込めようとして、失敗を繰り返していた頃から話そうか。イルクナーも存じているだろうが、武具の攻守を強くする効力はできるものの、それ以上はできなかった。

 魔法を発動させたり、属性をつかすなんてことはな。だが、そんなことはなかったのだよ。

 魔力は、実はもう宿ってあったのだ」

 カジールはどこを見つめるでもなくしたまま、話を続ける。

「真相は大したことではない。私はあまりに上手くいかないものだから、つい武具に当たってしまい、石斧を砕いたしまったのだよ。そのとき、石斧からほのかに炎が立ち上った------。

見た瞬間、成し遂げてはいたと気付いたわけだ。だがそれだけで、どれだけ創意工夫を重ねても、効力は上がらず仕舞い------子供だましのような玩具でしかなかった------」

イルクナーは目を皿のように見つめていたが、知らされていなかったのか、ラウーランやヌアサも同じようにカジールを見つめていた。

「下らん発見かと落胆していたが、ふと思いついたのだ」

 言うと、カジールは着ている衣服を剥ぎ肌をあらわにした。イルクナーらは、カジールの上半身を見るや、その異様さに言葉を失う。

 左右の肩からクロスするようにして、ルーン文字の入れ墨が彫られていたのである。

「な、なにを------」

 デジーレは狼狽しながらも、振り絞るように声を出した。対照的にカジールは、朗々と響く声で皆に告げる。

「これより先、我はドルイドに仕える者として、イルクナーが行った神への報復に異を唱える!

 魔獣の呪いを解いた功績はあるが、話し合いによる解決も残されていたと類推し、またドルイド神を敬虔する配慮が足りなかったと判断するからだ」

 一同、狂気の沙汰かと言わんばかりに、目を丸くしながらカジールを見ている。

「ドルイドの騎士となればなお更だ。よって神への畏敬を込めて、これより神を復活させる! このルーン文字は、神を蘇らせるものとなっている」

「ばかな、そんな------。貴公、狂ったか」

「狂ってなどおらん。だが、私は所詮はドルイドの騎士であり、ここまで元王国騎士団を従え命を下してきたが、今をもってして終わりだ。

 神の側につくのだ。我を気に入らない王国騎士団の者は、神を討つなりするがいい」

そういって大型のナイフを取り出し、有無も言わさずに、文字が交差する部分を突き刺した。血はいっきに噴き出し、幾許かしたあと事切れた。

大量の出血が死因の決めてとなったのだ。ただし、カジール自身は無念の意思はなく、むしろ絶命を計ったのは、追い詰められた状況のために練られていたものであった。万が一、神がカジール側の人間以外の手で堕ちようものなら、カジールの手によって生き返らせる。そして自身は、ラウーランとは決別の意思を見せ、彼らに倒させ英雄にさせる算段だった。

あわよくば、人を殺めた罪を無罪にまでいければとさえ考えていたのだ。ただ、取り残されたラウーランは、この計画は知らされておらず、意図は察っすることはできたが、死を賭すとは思いもよらず、呆然と立ち尽くしている。

四肢が自然と震えだしてもいたが、まだ死を信じたくないばかりに、無意識にカジールへの距離を縮める。

わなわなとした足取りは、どこかおぼつかなかった。だが、そのときカジールの身体から思わぬ現象が起こる。

黒紫色をしたオーラが竜巻のように発し、ラウーランとヌアサは足を止めるしかない状況に陥ったのだ。

思わず顔を腕で隠すくらい、激しい風圧があった。カジールの身体はといえば、一瞬宙に浮いたかと思えば、黒紫色のオーラがまるで衣を纏わせるようにして覆う。

幾許かすると、巨大な繭のようになっていた。が、すぐに亀裂が入ったかと思うと、中からカジールではない者が姿を見せた。

ドルイドの神であるミシャがぬっと現れたのだ。ただ、先ほど見たミシャとは、見た目がやや違っていた。目は虚ろ、髪は柳のように奇妙に乱れ、長年太陽にあたっていないかのような、気色の悪い顔の白。

まるで霊にとりつかれ、疲れきってるような顔をしていた。しながらも、デジーレやイルクナーを睨みつける。

「我は何ゆえここに------討たれ------蘇ったのか------。------ぐっ、腹が空いている------腹が------喰いたい。

 何でもいい、喰わせろ------」

 黒々しい声は、イルクナーたちにはか細くしか聞こえなかった。それでも復活したミシャは欲求を満たそうとする。

 ミシャは頭から銅の上の部分まで二つに割れ、内部から球根がでてきた。球根は二つにぱかっと割れると、内にある刺々しい刃の更に置くから十数本の触手が伸び、近くにいたラウーランとヌアサめがけて掴みにかかる。

 しなる鞭のように迫りきていた。が、ラウーランらは、魔獣のような切れ味を持つ爪で触手を切って落として見せる。

 触手のそれより、わずかにラウーランの爪を振る速度が勝っていたのだ。しかしながら、何本もの触手を切り裂くことはできず、腕ごと巻き取られ、身動きが取れなくなった。

 そこからあっさりと顛末を迎えてしまった。捕まってしまった二人は、身体ごと球根までもっていかれ飲み込まれてしまう。

飲み込む音すらなく、ミシャの身体に吸収されていった。数体いた魔獣にも触手を伸ばし、同様の行いをした。

魔獣の抵抗は二人より激しいものになったが、ミシャは触手を増やしてことを成していた。と、ミシャは飲み込んだものを消化し始めると、いびつな変化を遂げていった。

魔獣とラウーランらを飲み込み閉じていた球根は、再度割れたかと思うと、ミシャの上半身が、芽が出るように上がってきたのだ。ただ、下半身は魔獣のそれであり、通常の大きさより更に肥大化したものだった。

球根と元あった割れたミシャの身体は、まるでさなぎのように朽ち果てている。

「これが、神の所業なのか?」

「いや------こんなんではなかったが------」

 カジールの手段では、ミシャは完全な蘇生を遂げてはいなかったのだ。ルーン文字は銀翼の水晶(ラグナロク)という神の某体があって初めて魔力を宿し、効果を望めるもので、ただ文字を刻んだものは、空中に散開している、いわば魔力のおこぼれを授かってるに過ぎない。

 魔力が乏しかったため、不完全なまま生き返ったのだ。そのため、異なる生物を宿し、他を吸収することで、不完全な状態の脱却にはかった。

 神の生存本能がなせる業ともいえた。だが------。

「おい! くるぞ!」

 イルクナーがそう叫ぶと同時に、ミシャは作り出していた光り輝く矢を4人に飛ばしていた。デジーレはかわしきれずかすり傷を負ったが、イルクナーはイリーネを抱きかかえながら避けていた。

 ビアンカもまた、すんでのところで矢の届かぬ場所へと回避していた。

「くそっ、なにニヤニヤしているんだ」

 魔獣やラウーランを吸収したことにより、神格を失っていたのである。もう会話する能力は消え、わずかに覚えのある、人間に倒されたという記憶が恨みと変わり、本能のみで戦っていた。

ミシャに言葉はなく、ただ人間に対する虐待を楽しんでるかのように見える。

「薄気味悪さは、悪魔にしか見えないな------。いや、そんなこと言ってるときじゃ------イルクナー!

 すまないが、少しだけ時間稼ぎをしてくれ! 修道院の娘は私と一緒についてこい、ここにいては足手まといだ」

 デジーレの気迫に押された二人は、訳がわからないままに従った。デジーレとイリーネはすぐさま王室から飛び出していった------。

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